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L四津井 スピーチレジュメ

下村海南を主とした年表
1868 明治元年  明治維新
明治8年  0歳 3月12日和歌山市駕町41番地に生まれる
明治10年 2歳 西南戦争、西郷隆盛自刃

明治19年 11歳 東京へ転居

1890 明治23年 第一高等中学校に入学 父房治郎が「交通」を創刊 
           10月教育勅語渙発

明治24年 16歳

明治25年 17歳

明治26年 18歳 父房治郎退官
           「交通」に小説「黄龍号」を2年間連載 
            未来小説日本が世界を支配する。

明治27年 19歳 8月 日清開戦

1895 明治28年 20歳 3月、日清戦争終戦 台湾総督府設置5月10日
           樺山資紀初代総督
           三国干渉 5月 後藤新平戦後の検疫制度実施

明治29年 21歳 桂太郎2代総督 乃木希典3代総督
           新高山測量 学校制度開始

明治30年 22歳 明治29年 新聞発行 台湾銀行

明治31年 23歳 帝国大学卒業逓信省入省
           児玉源太郎4代総督 高雄まで鉄道開通

           塩樟脳専売
           洋行できると大蔵省より逓信省に入る台湾に出張後藤新平に
           会い魅せられる。

明治32年 24歳 児玉 自分が台湾を収めるのは討伐することでなく
           統治すること。 
           肥大した官僚を整理。土匪の投降。

1900 明治33年 25歳 佐々木慎思郎の娘 文 と結婚 義和団6月20万人が
             北京に侵入、

明治34年 26歳 北京郵便局長
           9月に鎮圧 31年に発生した義和団事件後の荒廃を見る
           新渡戸稲造台湾総督府技師 官営八幡製鉄所創業

明治35年 27歳 シベリア鉄道でベルギーに留学
           下村 李鴻章と単独会見,後日 小村寿太郎公使に叱られる。       スイス、ドイツ、フランス、アメリカを経由して帰国

明治36年 28歳

明治37年 29歳 アメリカを経由して帰国
           台湾銀行日露戦争国債1/5負担 2月日露開戦
           児玉満州軍総参謀長兼務

1905 明治38年 30歳 帝国大学で「ベルギー国貯金局と労働者の保険及び家屋」
           と題して講演 日本海海戦
           9月 日露講和ポーツマス条約
           台湾経営黒字化

明治39年 31歳 平田東助と初面会 佐久間佐馬太5代総督
           7月南満州鉄道設立 7月児玉源太郎54歳で脳溢血死去

明治40年 32歳

明治41年 33歳 「交通」廃刊

明治42年 34歳 郵便貯金局長 10月伊藤博文暗殺

1910 明治43年 35歳 日韓併合 朝鮮総督府 八田与一(24歳)
           台湾総督府内務局土木課勤務

明治44年 36歳 紀伊毎日新聞に「南紀人材論」を連載、

           父言う「お前には一文も残さないよ。一文でもあれば
           公のために尽くすべきだからな。その代わり借金もない
           から安心しろ」

大正元年 37歳 為替貯金局長

大正2年 38歳 2月父房治郎死去、56歳。 長男正夫誕生 
               子宝に恵まれず妾に男児を産んでもらった。

大正3年 39歳

1915 大正4年 40歳 11月台湾総督府民生長官 安藤貞美6代総督
             5月病気で倒れ聖路加病院に十数日入院、妻の和歌の雑誌
            「心の花」を読み和歌に魅せられる。

大正5年 41歳 簡易保険成立

大正6年
大正7年 43歳 7月22日明石元二郎総督就任明石は下村に自由にやらせる。          日月譚発電所建設 八田与一嘉南平野の調査

大正8年 44歳 帝国大学より法学博士号、明石元二郎死去、
              台湾総督府総務長官 3,1独立運動 田健次郎8代総督

1920 大正9年 45歳 福井県敦賀市に下村房治郎の銅像が建立される。
             叙勲2等 第一次大戦でウラジオ景気
             官田渓大?組合に八田与一移籍

大正10年 46歳 7月11日辞表提出 退官 叙従3位 
              朝日新聞に入社して欧米視察の旅へ

大正11年 47歳 帰国し朝日新聞専務  八田与一桃園ダム完成(28歳)

大正12年 48歳 関東大震災,岳父佐々木慎思郎死去 内田嘉吉9代総督
伊沢多喜男10代総督

1925 大正14年 50歳 ラジオ放送に初出演 京城帝大設立
           八田与一結婚米村吉太郎長女外代樹

昭和元年 51歳 上山満之進11代総督

昭和2年 52歳 数寄屋橋に東京朝日新聞新社屋完成
昭和3年 53歳 朝鮮、満州、中華民国視察 台北帝大設立
              川村竹治12代総督

昭和4年 54歳 石塚英蔵13代総督

1930 昭和5年 55歳 朝日新聞副社長 烏山頭ダム完成

昭和6年 56歳 台湾再訪 大田政弘14代総督 八田与一の銅像建つ

昭和7年 57歳 南弘15代総督 中川健蔵16代総督

昭和8年 58歳 村山龍平社長死去

昭和9年 59歳 東京朝日新聞東亜問題調査会会長、松下幸之助と出会う
1935 昭和10年 60歳 還暦を迎えて高嶋米峰らと共に乙亥会(明八会)結成
昭和11年 61歳 二,二六事件に遭遇、朝日新聞退社 小林せい造17代総督

昭和12年 62歳 貴族院議員に勅撰、田園調布へ転居、大日本体育協会会長
昭和13年 63歳 東京オリムピック返上決定

昭和14年 64歳 対馬と壱岐を訪問して全国踏破、海南島と台湾訪問
1940 昭和15年 65歳 賞勲局より皇紀二六〇〇年祝典記念章 長谷川清18代総督

昭和16年 66歳 簡易保険成立25周年を機に厚生大臣と逓信大臣より感謝状
昭和17年 67歳 大日本体育会名誉副会長、カナモジ会会長
           八田与一比島へ出征途上米潜水艦に撃沈さて死去

昭和18年 68歳 日本放送協会会長

昭和19年 69歳 安藤利吉19代総督

1945 昭和20年 70歳 国務大臣兼情報局総裁、勲一等、玉音放送を実現、
           終戦後A級戦犯容疑 10月25日総督府廃止
           八田外代樹烏山頭ダムに投身自殺

昭和21年 71歳 松下幸之助によるPHP運動開始
昭和22年 72歳
昭和23年 73歳
昭和24年 74歳
1950 昭和25年 75歳
昭和26年 76歳 公職追放解除

昭和27年 77歳 松下幸之助による新政治経済運動開始
昭和28年 78歳
昭和29年 79歳
昭和30年 80歳 母 政枝死去
昭和31年 81歳
昭和32年 82歳 死去、叙正三位勲一等旭日大綬章 

平成23年 明治144年 昭和87年

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